1983年、僕はNew York、5th アベニューに立って吹き始めた。(2)

分の力が試したいだけだ、だからセッションに行く。そしてステージに上って演奏を始める。相変わらず知っている顔もいるし、知らない顔もいる。つり上がった目で突然入ってくるヤツもいる。トイレに出たり入ったりして、なかなか上がってこない、しまいに人にコークを売り付けようとするサックスプレーヤーもいた。スタンリージョーダンもいたし、マイクスターンもいた。スライの連中もいた。でも関係なかった。何にも関係なかった。夢も無かったし、現実も無かった。あったのはチキンとほうれんそうの山とセッションだけだった。

仕事が終わると午前1時近くなる。それから僕はブリーカーストリートのジャムセッションに出かける。夜の9時くらいにはミュージシャンが外まで溢れているが、遅くなってくると段々減って来て常連だけになる。ここでは1度ステージに上がると、皆と友達になれる。やっぱり音楽の中には、テクニック的なことを感じる部分と、人間性を感じる部分と両面が無いといけない、と思う。セッションをしていると本当にそれがよく見える。

「君はサックスを吹くのかい?僕もサックスだよ。君のはセルマーかい、僕のはキングだよ(サックスのメーカー名)今度、僕の名前が呼ばれるから、そのとき、君も一緒に上がっておいで。待っていると一晩中呼ばれないこともあるからね。僕はボーカルと友達なんだ。」
はじめてのセッションに行ったその日にサックス奏者のマークに声をかけられたのはラッキーだった。様子がわからずに、結局演奏出来ずに帰る人や、知らない曲をやらされて、思うようにパフォーマンス出来ずに帰る人が比較的多いのだ。
「スーザン、彼はサンシロというんだけど、ちょっと一緒にやってみないかい?」
「いいわよ、もちろん!」
という訳で、僕はステージに上がり、曲が始まった。曲名はわからないけど、古いR&Bのようだ。マークの目配せで真ん中へ出ると、ふたりでイントロを始めた。
「B!」マークが叫んだ。僕の頭の中には『BとD』が並んだ。コンサートのキーなのか、トランスポーズされたキーなのかもわからず僕の頭は混乱した。マークはもうブローしている。
「何かやらなくっちゃ!」僕は焦りを感じた。振り返るとベースプレーヤーが僕にニコッとしてあごをしゃくった。「早くやれ!」という合図だ。僕はマイクにサックスを突っ込んで『B』を吹いた。スピーカーから音が飛んで来たが、合っているのかどうかわからない。もう行くしか無い。いきなりソロを吹く。ベースとドラムが心地よくリズムを打つ。音の渦の中ヘ入って行くと、もうキーなんかどうでも良くなっていた。いい音を指で探し当てて、だんだん気持ちよくなって行くのがわかった。ボーカルがかぶさって来たので、僕たちは横へそれた。
「ばっちりだよ!」マークが握手をして来た。急に周りが明るくなったような気がした。客席を見ると、緊張して出番を待つ人たちの顔があった。

その夜のステージでは結局僕たちが延々と演奏してしまった。おそらく初めて本当のR&Bを体験した日だろう。ひと段落したのが午前4時だった。
地下鉄に乗って、また血のほてりと、頭の中に鳴り止まない音楽にひたって、久しぶりに充実した気持ちを味わっていた。105丁目の家の前まで来ると、空腹を覚えてファーストフードのチャイニーズへと足を伸ばした。フライドライスとチキンウィングを2、3個買って家に帰った。僕の部屋は3メートル四方くらいの小さな部屋だ。ベッドとステレオと小さな机以外は何も無い。窓は一つあるけど手を伸ばせば届く距離に、隣のビルの壁がずっと上まで続いている。外の光はいっさい入らない。
僕はライトをつけると、ベッドに座って今買って来た包みを開いた。ラジオのスイッチをひねって、チキンをほおばった。軟骨のところまで食べると、骨をくずかごに捨て、あっというまにすべて平らげてしまった。