ジャムセッション

曜日だったと思う。

ケニーズ・キャスタウェイ。
ブリーカーストリートのちょうどビレッジゲイトの前あたり、観光客や若者で賑わう通りにあるこのクラブは、イーストビレッジに若者が移動して行く前には、まだまだ盛んだったのだ。
とにかく、色々いわれのあるこの小さなクラブのジャムセッションに僕が通っていた頃、身体は子供のようだが大人の顔をした、えらくギターの上手い白人がいた。さっそく僕はステージに上がり、一緒にプレーをした。 その頃は僕は、いつでもステージに上がっても良いくらいの顔になっていたのだ。小さなからだで、もの凄いパワーを出していた。コミュニケーションもバッチリだ。すっかり仲間になってしまい、ステージをおりて、僕たちはビールを飲んで話をした。
彼の名はアダム・スターク。コネチカット州に住んで、マンハッタンに時々遊びに来るらしい。車で1時間くらいだ。あとで知ったことだが、彼はユダヤ人だ。どおりで話し方が歯切れよい。
彼はコネチカットにある彼のバンドの話とかをしながら、僕に一緒にバンドに入らないかと持ちかけた。黒人ばかりのR&Bのバンドで、月に2、3回クラブでの仕事があるそうだ。もちろん僕はOKした。コネチカットが何処にあるのかも知らないが、とにかく何でも音楽的なことならいつもしたかった。 アダムと僕は電話番号を交換して、別れた。
数日するとアダムから一度リハーサルに来てくれと、日程と電車の乗り方を教えてくれた。

レイディエイターズ(Radiators)
グランド・セントラル・ステーションからハートフォード、コネチカットまで電車で片道約1時間、往復で20ドルだ。僕は楽器を持って電車に乗り込んだ。 久しぶりに見る田舎の風景にぼくはため息をついてしまった。
持って来たリンゴをかじりながら、ホッとした気持ちで窓の外を見ていた。
誰もいない駅に降り立つと、僕は公衆電話を探して、アダム・スタークに電話をした。しばらく待っていると、ボロボロの軽トラックに乗ってアダムがやって来た。例のもの凄い握力の握手をすると、いつもの調子で「旅はどうだ?フン、退屈な田舎だろ。」と、投げやりに言った。僕は笑いながら「田舎は退屈だから好きだよ。」と言った。
アダムのように、おべっかを使わずストレートに話す人が僕は好きだ。彼の話を聞いていると、自然に自分も本当の気持ちを言うことになる。
彼の家は典型的なアメリカの高級住宅地にあった。メインロードから砂利道に入って行くとさらに小さな道に別れて、カドごとにはメールボックスが立っている。大きな樹がたくさん植わっていて、そこからは家は見えない。
スターク家のメールボックスの小道を入ると、まずガレージが見えてくる。大型の乗用車3台分のガレージだ。僕はアダムのボロボロの車とこのガレージとのアンバランスに一瞬とまどいを感じた。
彼はかまわず車を停め、家の中へと僕を招き入れた。大きな広いキッチンへ行くと、アダムは冷蔵庫や戸棚からパンやチーズや野菜をいろいろ取出して、サンドイッチを作って食うぞと言った。僕も一緒にトマトを切ったりして、手伝った。
ジュースやミルク、クッキーまで持ち出してたらふく食うと、アダムは僕をプールへ誘った。ぐるぐると家の中をまわって裏口から庭の方へ出ると、立派なプールがあるのだ。言われるままに僕はプールサイドへ行きベンチに横になった。太陽が急に熱くなった気がした。